
診療の技術は、日々の積み重ねで確実に磨かれていくものです。一方で、「患者とどう向き合い、どう伝えるか」という部分には、体系的に学ぶ機会が少なく、独学のまま進んでいる方も多いのではないでしょうか。
患者との信頼関係は、治療の前から始まっています。説明の仕方、言葉の選び方、ちょっとした表情や間の取り方──そのすべてが、印象をつくり、診療の質を左右します。
こちらのコラムでは、若手歯科医師が今後のキャリアを築くうえで意識しておきたい「伝える力」と、その磨き方について、5つの視点から整理しました。
目次
なぜ今、コミュニケーション力が重要なのか?
歯科医療の現場では、治療技術が一定の水準に達していることが前提とされる中、「誰に診てもらうか」が患者の選択基準として重視されるようになってきました。特に若手歯科医師の場合、経験年数が短いことを不安に感じる患者も少なくありません。そうした中で、安心感を与える手段の一つがコミュニケーション力です。
患者の不安や疑問を的確に汲み取り、わかりやすく説明することができれば、治療への納得感は高まります。診療中の何気ない会話や初対面での印象が、信頼関係の土台になります。
カウンセリングが治療の質を変える
治療そのものが同じ内容であっても、説明の仕方や接し方によって、患者が感じる満足度には大きな差が生まれます。
「思っていたより痛くなかった」
「不安だったけど、ちゃんと話を聞いてもらえて安心した」
そんな感想は、技術そのものではなく、医師の言葉や態度、つまり【カウンセリングの姿勢】から生まれるものです。
患者にとって、治療内容は未知の世界であり、不安や疑問を抱えていることがほとんどです。そこに対して、丁寧に情報を伝え、気持ちに寄り添いながら話を進めることで、治療に対する納得感や信頼感が生まれます。
たとえば、初診で親知らずの抜歯を説明する際──
ある医師は「簡単な処置ですから、心配はいりません」と一方的に説明を終えてしまいました。
一方、別の医師は「腫れや痛みの出やすいタイプなので、翌日は少し休みを取った方がいいかもしれません」とリスクにも触れたうえで、「ご不安な点はありますか?」と一言添えました。
どちらがより信頼されるかは明白です。後者の医師は、単に“説明する”だけでなく、“患者が何を気にしているか”に寄り添った対話をしています。
特に自由診療では、患者の選択によって治療が進む場面が多く、納得感を得てもらうための丁寧なカウンセリングが不可欠です。
たとえば、セラミック治療を希望して来院した患者がいたとします。
ある医師は、治療のメリットを一通り説明した後、「白くてきれいになりますし、金属アレルギーの心配もありません」とだけ伝え、見積もりを提示しました。
一方、別の医師はこう切り出しました。「見た目の改善が一番気になっているところですか? それとも、耐久性や手入れのしやすさも重視されていますか?」その上で、「保険診療との違いや、経年的な変化などもご説明しますね」と、患者のニーズに沿って話を展開しました。
前者は“伝えたいこと”を話しており、後者は“聞かれたいこと”に応えようとしています。この差が、患者の納得度や治療への前向きさを大きく左右します。
自由診療では、患者自身が「受ける・受けない」の判断をする機会が多くなります。その判断の裏側には、不安・迷い・費用に対する疑問など、さまざまな感情が複雑に絡んでいます。それに丁寧に寄り添う姿勢こそが、信頼を生み、結果的に患者の満足や紹介にもつながっていきます。
カウンセリングは、単なる説明の場ではありません。治療を進めるうえでの“信頼の土台”をつくる、大切なプロセスのひとつです。

現場で“差がつく”具体的なスキルとは?
日々の診療の中で、医師としての信頼感や安心感に差が出るのは、決して大げさな場面ではありません。むしろ、診療の合間にあるような『ちょっとしたやり取り』こそが、患者の心に残ることが多いのです。
以下に、現場で差がつきやすい代表的な場面を事例とともに紹介します。
初診時の印象管理
例:初診の患者に対して、カルテを見ながら無言で診療を始める医師と、患者の目を見て「◯◯と申します。本日はどうぞよろしくお願いします」と丁寧に名乗る医師。
後者はそれだけで「この先生はちゃんと向き合ってくれそう」といった好印象を持たれやすくなります。
・最初の15秒で印象が決まる
・姿勢・アイコンタクト・声のトーンを意識するだけでも印象は変わる

専門用語の置き換え
例:「この歯は失活しています」ではなく、「この歯は神経がもう機能していない状態です」と言い換えることで、患者にもイメージしやすくなります。
・専門用語は極力使わない
・たとえば「う蝕」ではなく「むし歯」、「根管治療」ではなく「歯の根の治療」といった言い換えを意識する
共感のリアクション
例:患者が「歯医者って怖くて苦手で…」と話したとき、「そうですよね、不安になりますよね」と一度気持ちを受け止めてから説明を始めると、緊張がぐっと和らぎます。
・正論より共感を先に
・相手の感情に“言葉で触れる”ことが信頼の第一歩
沈黙を怖がらない
例:治療の説明をしたあと、すぐに次の話題へ進めるのではなく、患者が考える時間を数秒取るだけで、「せかされている感じがしなかった」と言われることがあります。
・説明のあとは一呼吸置く
・相手の表情や頷きなど、非言語的反応も確認する余裕を持つ
これらのスキルはどれも、特別なテクニックではありません。意識すれば今日からでも実践できる“態度”の部分です。その積み重ねが、患者の安心感や信頼につながり、結果として治療のスムーズさやリピート率にも影響を与えます。
どうやってスキルを磨く?効果的なトレーニング方法
コミュニケーションやカウンセリングは、知識として学ぶだけでは身につきにくいものです。実際に話してみる、対応してみるといった“実践”の中で、自分の癖や改善点を把握し、修正を重ねていくことが重要です。
ロールプレイや模擬診療
スタッフ役の相手に患者役を演じてもらい、初診対応や説明の練習を行う手法です。限られた時間内でどのように伝えるか、どのように相手の不安をくみ取るかなど、現場に近い状況で試すことができます。

動画フィードバック
自身のロールプレイや診療中の様子を動画で記録し、後から客観的に見返すトレーニング手法です。
・自分では気づいていない口癖
・説明中の視線や姿勢のクセ
・相手の話にどう反応しているか
といった“無意識のパターン”を可視化できる点が最大のメリットです。
第三者(先輩や院長など)と一緒に動画を見返すことで、フィードバックも具体的かつ実践的なものになります。
日々の診療からも学ぶ姿勢を
同僚や先輩がどのように患者と接しているかを観察するのも、有効な学びの機会です。
単に「話している」だけでなく、「どう話しているか」「どこで間を取っているか」「どんな言葉を使っているか」に注目してみてください。
異業種からのヒントも
飲食店やホテルなど、接客のプロがどのように言葉を選び、距離感を調整しているかを見るのもおすすめです。歯科とは異なる業界でも、“安心感を与える接し方”に共通する要素は多くあります。

患者との信頼がキャリアを変える
診療の中で築かれる信頼関係は、目に見えにくいものですが、確実に医師としての土台をつくっていきます。治療が終わったあとに「また先生にお願いしたい」「家族にも紹介したい」といった言葉をいただける瞬間は、単なる技術的な成功とは異なる、深い達成感があります。こうした信頼は、単発のやり取りでは生まれません。
何気ない声かけ、質問に対する丁寧な返答、不安に寄り添う姿勢──日々の細やかな対応が積み重なった先に、「この先生なら大丈夫」という安心感が育っていきます。
信頼される医師になることは、患者さんにとっても、医院にとっても、そして自身のキャリアにとっても大きな価値があります。紹介や指名が増えれば、診療の幅が広がり、将来的な分院長や開業といった選択肢にもつながっていきます。
信頼は一朝一夕には築けません。だからこそ、今のうちから一人ひとりと丁寧に向き合う姿勢が、将来の大きな財産になります。

キャリアに差がつく対話の技術 Q&A
治療技術は前提ですが、患者が安心して任せられるかは“人柄”や“説明のわかりやすさ”にも左右されます。
笑顔、アイコンタクト、名乗りの一言など、丁寧で落ち着いた態度が信頼につながります。
一方的に話すのではなく、相手の表情や反応を見ながら「聞く姿勢」を大切にすることです。
メリットだけでなくデメリットや費用も含め、選択肢を明確に示して、納得を得ることが重要です。
むしろ患者に考える時間を与える大切な間です。焦らず待つ姿勢が落ち着いた印象につながります。
まとめ
「伝える力」は、これからの歯科医師に欠かせない武器になります。医療の質が一定水準で均衡している今、患者に選ばれる歯科医師になるためには、「どう伝えるか」「どう信頼を築くか」がますます重要になっています。
技術だけでは測れない価値──それが、コミュニケーションやカウンセリングといった“対話力”の中にあります。今回ご紹介したような、日常の中で磨ける小さな工夫や意識の変化が、やがて大きな信頼とキャリアの差につながっていきます。そしてそれは、患者の安心にも、自身のやりがいや自信にもつながるものです。
まずは、明日からの診療で「ひと呼吸おいて話す」「共感の一言を添える」といった、できることから始めてみてください。“伝える力”は、あなたの診療を静かに、しかし確実に変えていきます。

